2015年

1月

09日

うちの娘は、ベビーカーに乗りたくなければエビぞりです。

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ベビーカーに乗ってる赤ちゃんや幼児って、乗りたくて乗っていると、思います? それとも、本当は乗りたくないけど我慢して乗っていると思います? なんで唐突にそんなことを話ているかというとですね、こんな記事を読んだのです。

日本男子は、なぜベビーカー女子を助けないのか(PRESIDENT Online)

駅や電車などでベビーカーを女性を、なんで日本の男性は助けないのだろうか、という問いかけに対する回答で、自分はそういう女性がいたら助けるけど、ベビーカーは親が楽をする為のものだから、助けない人がいても責められないだろう、というのが文章の主旨です。

この文章は結構前に書かれたもので、既に色んなところから批判が出ています。僕はというと、ベビーカーを使う使わない、使っている人を助ける助けないの議論の前に、この文章のちょっと細かいところで、すごくひっかかってまして。以下リンク先からの引用です。


当のベビーたちもあの「車」に乗りたいのでしょうか。親からの距離が遠くなって不安だろうし、速足で歩いたり満員電車の中で押し合ったりいる見知らぬ大人たちの下半身だけが見えて危険を感じるでしょう。言葉を発することができれば、お父さんお母さんにおぶって欲しいと主張するのではないでしょうか。


この直後「僕には子どもがいないので実感はありませんが」と続いているので、これを書かれた方は、子育てはされていないのでしょう。だから、知らないんですね、知らないけれど想像で書いてしまっています。しかも、子どもの気持ちによりそったつもりで、です。こういう、無関心な善意というのは、子育てしている人を酷く追い詰めることがあります。

重箱の隅をほじくるようで大変恐縮ではありますが、どこが間違っているのか、ちょっと指摘してみますね。

 


ベビーカーに乗っている子どもはしゃべれないのか

さあ、ちょっと細かい話をしますよ。

まず、ベビーカーに乗っている子どもって何歳ぐらいなのか。この人も「当のベビーたち」と表現していますけど、いわゆる、「ほぎゃあ、ほぎゃあ」と泣く赤ん坊ばかりを想像していると、ちょっと違います。具体的に言うと、生後1か月から、3歳ぐらいまで。3歳だと、もう乗って無い子の方が多いかもしれません。乗ってても、わりと大きい子が乗ってるなって印象になるかと。でもまあ、乗ってる子もいるでしょう。

ベビーカーって大きく2種類ありまして、親の顔が見える対面式と、前の景色が見える背面式。色々なケースがあるでしょうが、多くは、本当にベビー、赤ちゃんの頃は、親も赤ちゃんもお互いの顔が見えた方が安心ということで対面式、生後半年以降くらいから、外を観たがる子が多いので背面式にする人が増えていきます。そのスパンでベビーカーを買い替えるのは大変ですから、実際には対面式と背面式が切り替えられるタイプが売っています。

引用した文章に「見知らぬ大人たちの下半身だけが見えて危険を感じるでしょう。」ということが書いてありますので、多分背面式をイメージされているはずです。おそらく、乗っているのは生まれたての赤ちゃんというよりは、生後半年以降の子でしょう。まあ、子どもが生まれてすぐに電車に乗せてどこかに行くのは結構勇気いりますから、実際よく見かけるのはそうなんじゃないかと思います。

で、子ども達がどのくらいからしゃべり始めるか、というと、これはもう本当に個人差がすごくあるのですが、1歳ぐらいから意味のある言葉が出始める子が多くなります。「ママ」とか「バイバイ」とか。2歳ぐらいになると、2語文がしゃべれるようになります。2語文というのは2つの単語の文章で「ワンワン、いた」とか「ママ、抱っこ」みたいな。

つまりですね、ベビーカーに乗っている子のうち、生後半年ぐらいの子とか、言葉の遅い子はしゃべれない子もいますけど、みんながみんなしゃべれないと思ったら大間違いなんですね。ベビーカーに乗っている子でも、抱っこしてほしければ「ママ、抱っこ」ってきちんと言える子もいるでしょうし、「イヤー!」ぐらいのことだったら、かなりの子が言えるわけです。

ベビーカー→赤ちゃん→しゃべれないっていうのは、全く育児に関して知らない人の発想、という感じがするのです。もっと言うと、言葉がしゃべれないから意志を伝えないかというと、そんなことはありません。


乗りたくない子は乗らない

ベビーカーに乗っている子はしゃべれないとは限りませんが、そもそもしゃべれないから文句を言わずにおとなしく乗るかと言えば、そんなことはありません。彼らはしゃべれなくても、不快なことがあれば伝えます。主に泣いて。

しかもね、抱っこ関連は多いですよ、赤ちゃんの意思表示が。こんなの育児あるあるですけどね。まず、抱っこしてくれないと泣く、というのがありますよね。お母さんには抱っこされるけど、お父さんだと泣き出す、というのもあります。

抱っこしてたら眠ってくれたので布団に寝かせたらまた泣くとか。仕方がないから抱っこを続けるんですけど、疲れたから抱っこしたまま椅子に座るとまた泣き出すとか。しょうがないから寝つくまで立ってあやして、やっとスースー寝だしたから椅子に座ったら、また起きて泣き出すとか。加速度センサーついてんのか、と冗談で言ったりします。これはもう、生後半年以前の赤ちゃんでも普通にあります。

ですから、抱っこされたいのにベビーカーに乗せられたりしたら、そりゃあ泣きますよ。うちの娘だって、なんでかその日だけベビーカーに乗ってくれない、とか、急にベビーカーで泣き出して、あやしてもダメなんでお母さんが抱っこ、なんてよくありました。普通のことです。

もっと極端だと、全然ベビーカーに乗ってくれない子もいます。僕の友人の息子さんがそうでした。その子が2歳半の時にうちに来たんですけどね、2歳半だと歩けますけど、長距離は疲れちゃう、遊びに行って帰りは眠くなっちゃう。そして、ベビーカー断固拒否なので、お母さんは僕の家から駅まで徒歩10分弱ですが、子どもを抱っこして歩いてました。

2歳半の男の子って12kg~14kgぐらいはあると思いますけどね、抱っこして10分歩くのは男性でも結構キツイですよ。抱っこひもという、抱っこをするための道具を使えばなんとかなりますが、手で抱っこはかなり大変。でも、その子の母親は抱っこひも使わずに手で抱っこしてました。力持ちの印象は全くありませんでしたが、母親というのはすごいなあと感心しました。

ちょっと話がそれました。何が言いたいかというと、乗りたくなければ、しゃべれなくても泣いて叫んで体をよじって拒否します、赤ちゃんとか、幼児というのはそういうものです。


本人たちは折り合いつけてるのに、何で知りもしない外野が代弁しちゃうの

逆に言うとですよ、ベビーカーに黙って乗ってる子というのは、それなりに折り合いつけて乗ってるんですよ。乗りたくて乗ってる子もたくさんいるでしょう。ベビーカーに乗るとご機嫌というのもよくあることです。もしかしたらお母さんの抱っこの方がいいと思っている子もいるかもしれませんが、それでも黙って乗ってるということは、まあベビーカーでもいいかと、そういう意思表示をしてるんです。

お人形じゃないんですから、きちんと親とコミュニケーションして、嫌ならそれを訴えるし、彼らなりに折り合いをつけてやってるんです。それを、横から事情も知らないで、赤ちゃん代表みたいなことを言うのはどうなんだ、ということですよ。それはまず、子どもたちに対してすごく失礼な話だとは思いませんか?


無関心な善意

ベビーカーに乗ってる子がしゃべれないというのも間違いですが、しゃべれないから黙って乗ってる、なんて勘違いも甚だしい話で、しゃべれないから、泣くんですよ。しゃべれるようになったら、楽になるんです。何をしてほしいか本人が直接教えてくれるから。でも、しゃべれない時は、伝える手段が無いから、泣くんです、分かってもらえるまで泣く。親は、必死で、なんで泣いてるのか考えるんです。

今2歳半のうちの娘が、ある日突然洋服を着替える時に泣き出すわけですよ。今までは「着替えようねー」と言って着替えさせたら、何も言わずに袖を通していたのが、急にですよ、着せようとした洋服をむんずとひっぱって、グルグル回してポイッですよ。で、ひっくり返ってギャー!

わけわかんないじゃないですか。着せようとしたものをグルグルポイッとされたらイラッとしますが、それでもちょっと我慢です。だって娘には娘なりの意見があるはずですから。まだ彼女は自分で説明することができませんけどね。で、20分くらい、オムツ一丁の娘を「着たくないの? やなの? でも寒いよ?」などと説得してると、あるタイミングでスッと立ち上がって、着せようとしたのとは別の服を持ってくるわけです。そこで初めて気がつくんです、「あっ、この子、服の好みが出始めたんだ」と。それは、大変に素晴らしいことだと喜びます。

それまで、お気に入りの玩具とかはありましたけど、この服が着たい、みたいなことは全然なかったんで、なかなか気がつかないんですよ。「この服を着る気分じゃない」って言ってくれたら楽だけど、それは無理なので泣くんです、着たい服を渡すという表現方法に辿り着くのも、彼女にとっては必ずしも簡単なことではありません。親は、なんで泣いてるんだろう、というのを一生懸命子どもと格闘して探します。

毎日毎日そういうことの連続で、日々子どもと向き合うのが子育てです。

そんなこと、子育てしない人には分からないかもしれません。それはいいんです、分かりませんよ、本当の意味ではまず分からない。僕だって子どもが生まれてから、初めて知ることの連続、発見の連続、だからすごく大変で、そして感動もあります。

分からないことはいいんですが、分かってないことすら分かってないとなると、話は別です。

 


知らないことは、聞くのが良い

僕がリンク先の文章の細かいところにひっかかったのは、そこから、知らないのに、想像で知ったつもりになって、善意で意見している、というのが感じられたからです。それは、子育てには大変な逆風です。たいして関心がない人が善意でくれる意見というのは、本当に面倒なのです。これ、Webの記事だからまだいいですけどね、近しい人に直接するのはよっぽど気をつけた方がいいですよ。

子育てする親も、何が正解かは分からなくて日々手探りなわけで、そこによく知りもしないのに、想像の子ども像を押し付けてくる人がたくさんいると、もう、聞くだけで疲弊してしまいます。それが知人で、しかも動機が善意であれば、ははは、と苦笑いです。

子育てはワンダーランドです、やってみなきゃ分かりゃしません、やってみても分からないことだらけです。

しかし、もし何か気になってしまって、分からないなりに外野から意見したい、そんな時もあるかもしれません。どうしたらいいのでしょうか? 実は僕、すごくいい方法を知ってるんです。知らないことは聞く、これに限ります。

リンク先の文章を書いた方も、まず、関心を持って聞いてみる、というところから始めたらずいぶん違ったんじゃないかと思います。

『当のベビーたちもあの「車」に乗りたいのでしょうか。』

嫌な時もありますし、乗りたい時もあると思います。嫌なら、嫌がるんじゃないでしょうか。少なくとも、うちの娘はそうです。ちなみに、うちの娘は2歳ぐらいから、ベビーカーにあんまり乗ってくれなくなりました。理由は抱っこして欲しいからじゃないですよ、自分で歩きたいからです。そして疲れると、今度は乗りたがります。

 

分かりやすいですよね、乗りたい時は乗りたいけど、乗りたくない時は乗りたくないのです。

拒否してる時は、それはもう見事なエビぞりを決めてますよ。しゃちほこのごときポーズ、これが彼女の拒否の構えなのです。御覧に入れて差し上げたいぐらいです。

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