2013年

5月

09日

ゲームのデザインが、コミュニケーションのデザインにシフトしている

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毎週金曜日の夜19時に、代々木ゲームルームというゲームサロン的スペースを運営しています。みんなでゲームを持ち寄ってワイワイ遊ぶというただそれだけの場所で、携帯ゲーム機、据え置きゲーム機、ボードゲームやPCゲーなど、本当に色んな人が色んなゲームで遊んでいます。誰でもフラッと参加できて、お酒を飲んだり食事をしたりすることもできます。大人の為の放課後ゲーム部みたいな、そんな雰囲気です。

 

【関連サイト】

ゲームルーム(公式サイト)

 

そんなゲームルームの中で、ちょっと変わった人がいまして。これは、その人を観察していてふと思いついたというか、頭の中でモヤモヤッと考えていたことが1つの線になって繋がっていった、ゲームの価値についての話です。

 

 

みんなと一緒の空間で、1人で遊ぶ人

ゲームルームに来る人の多くの目的は、色んな人と色んなゲームを遊ぶことです。どうぶつの森のマルチプレイを遊んでみたいとか、人狼を一度遊んでみたいとか。でもその人は、すごく1人で遊んでいることが多いんです。

もちろん、誰かとマルチプレイをしていることもあるんですが、RPGを1人で黙々と遊んでることが結構あります。この間面白かったのは、オンライン専用のドラゴンクエストXを持ち込んで、ゲームルームでクリアするというのをやっていたこともありました。ゲームルームの人は当然一緒に遊べません。ゲームルームに来ていない人が、オンライン上で一緒にパーティーを組んでいて、遊んでいます。ゲームルームにいる人の何人かが、その様子を観ているという状況です。

ゲームルームはみんなで遊べる場所ですが、みんなで遊ばなきゃいけない場所ではありません。最初は、みんなと遊ぶきっかけが無いのかもと思って声をかけますが、そのうち別に必ずしもみんなで遊びたいわけじゃなくて、ゲームルームの雰囲気を楽しみながら遊びたいということがわかれば、そういう人もいるよね、ということで誰も無理に誘いません。

その人も、実に飄々としていて、1人で黙々と遊んでいることもあれば、マルチプレイができるゲームを持ってきて積極的に誰かを誘って遊んでいることもあります。僕はそのマイペースな感じが凄く好きで、その人のおかげでゲームルームが「みんなと遊ばなきゃいけない場所」ではなく、「みんなと遊べる場所」で在り続けられるような気がして、心の底でこっそり感謝していたりします。


彼は、誰かと一緒に遊ぶゲームが好きだと言う

そんな彼が、次に遊ぶゲームをどれにしようか迷っていたので、「どんなゲームが好きなんですか?」と聞いてみました。すると、彼は「誰かと一緒に遊ぶゲームが好きなんだよね」と答えたのです。確かに彼は、誰かと遊べるゲームをいつも選んでいました。ドラゴンクエストモンスターズだったり、ソウル・サクリファイスだったり。でも、必ずしも誰かと一緒に遊んではいなかったんです。ソウル・サクリファイスはマルチプレイを楽しんでいましたが、ドラゴンクエストモンスターズは1人で遊んでいる姿もよく見かけました。

それを言うと、「別に目の前の人と一緒じゃなくてもいいんですよ、僕は。オンラインとかでも。」と言いました。彼は、みんながゲームを遊ぶゲームルームに来て、みんながゲームをする雰囲気の中で、オンラインで他の誰かと遊んでいたりするんです。その楽しみ方は僕があまり想定したことの無い遊び方で、とても興味を持ちました。


能動的なのは、メンドウ

もう1つ疑問がありました。彼はボードゲームを遊ばないのです。ゲームルームに来る人で、遊びたいゲームがはっきり決まって無さそうな人には、僕はほとんど例外なく1度はボードゲームを進めます。ゲームルームに置いてあるボードゲームはルールも簡単なものが多く、5分も説明を聞けばすぐ遊べて、みんなでワイワイと楽しめます。ハードもソフトも必要ないですから、実に都合がいいのです。

もちろん、彼も誘ったことがあります。でも、恐らく僕の覚えている限り彼がボードゲームを遊んだことはありません。誰かと一緒に遊ぶゲームが好きなのに、です。

その質問を彼にぶつけてみると、こう返ってきました。「ボードゲームは能動的にならないと面白くないじゃないですか。それはメンドウなんです。」

ゲームルームに来ている人の発言としては、実にユニークな答えでした。でも分かります。コンピューターが演出したりサポートしたりしてくれないボードゲームは、プレイヤーが積極的にゲームに関わらなければあまり面白く無いかもしれません。実際、僕がボードゲームを遊んでいる時は、初めての人が思わずゲームの流れに干渉したくなるように、場をかき混ぜます。その方が面白くなるのです。

ゲームルームに来るような人は、ほとんど、いつの間にか駆け引きをしたり、悔しがったり、笑ったりしながら、のめり込みます。でも、そういうのがメンドウな人もいるはずです。

これは大事なことなんです。能動的に楽しく遊ぶのがメンドウという人がいることは。


FPSとソーシャルゲームにおける、彼なりの類似点

彼は続けて言いました。「僕は別に、対戦とか、協力とかじゃなくてもいいんですよ。何か誰かと繋がってゲームができてればそれでいいんです。なので、最近はソーシャルゲームとか結構遊んでますよ」

ちなみに、彼はかなり早い段階でPSVitaを買っていましたし、ゲームルームにノートPCを持ち込んでFPSをプレイしたりしてましたし、間違いなくライトゲーマーではありません。というか、いわゆるコアゲーマーに分類される人でしょう。

そういう人が、ソーシャルゲームにはまっていて、その理由が繋がっているから、というのは大変に興味深い答えです。先ほどの、ボードゲームはメンドウというのとあわせると、なるほど確かにソーシャルゲームはメンドウなく繋がって遊べる仕組みです。


ゲームを積極的なコミュニケーションツールにはせずに、かつ、ゲームによって人との繋がりを求める

彼の話を聞いて、彼のプレイスタイルを思い浮かべると、確かに納得のいくものがあります。僕なんかは、対戦とか、協力プレイとかをすると、必要以上に騒ぐタイプです。みんながワッと歓声を挙げたり、笑ったり、悔しがったり、そういう場の雰囲気をゲームに取り込むことでゲームを盛り上げようとします。

でも彼は、マルチプレイをしている時も、わりと淡々としています。もちろんニコニコ笑ったり、悔しがったりすることありますが、大きな声をあげるようなことはあまりありません。思えば、彼にとってのマルチプレイは、オンラインでも、ワイヤレスで実際に会っていても、楽しみ方がそんなに変わらないのかもしれません。

彼は、それこそソーシャルゲームを遊ぶような感覚で、コンシューマーゲームのワイヤレスマルチプレイも遊べる人なのかもしれません。でも、それだとボードーゲームは遊べないんです。実に興味深い存在で、彼を観察していると、ハッとすることがいくつもあります。

彼自身は、極めて広範囲のゲームに手を出していて、ゲーマーとしては多数派ではないように思いますが、この、ゲームを積極的なコミュニケーションツールにはせずに、かつ、ゲームによって人との繋がりを求めるという一見矛盾しているような感覚は、ソーシャルゲームを主に遊ぶような人にはわりと多いのかもしれないと思いました。


ゲームのニーズとコミュニケーションのニーズ

さて、やっとですが、ゲームの価値についての話をします。

彼と話をしていてふと気がついたんですが、そういえば随分前から、ゲームがコミュニケーションの質によって選ばれる、ということがあったんじゃないかと思いました。それは、ゲームの価値の変容を意味します。

ゲームの価値というと、いわゆるゲーム性と呼ばれるような、ゲームの仕組みが1つ大きな要素として挙げられます。でも意外と、ゲームの価値はゲーム性だけでは決まりません。

例えば、PlayStationがファイナルファンタジーVIIで市場を掌握した後、ゲームの大きなニーズの1つは物語のニーズだったような気がします。ゲームが提供する物語にどれだけ没頭できるか、そこに別れが惜しくなるようなキャラクター達がいるかが、すごく重要でした。

それが、ニンテンドーDSや、PSPや、Wiiが流行った時にコミュニケーションツールとしてのニーズがグングン拡大しました。しかもそれはオンラインではなく、実際に顔をつき合わせて遊ぶ非常に能動的なコミュニケーションの為のツールとして。(誤解を招かないように言っておきますが、物語のニーズが無くなったわけではありません。)

今、ソーシャルゲームがすごく流行っている中で、今度はもっともっとゆるいコミュニケーションのニーズが広がっているのかもしれません。

 

実はゆるいコミュニケーションのニーズということで言うと、DSのヒットから、既にその徴候はあったんです。すれちがい通信という仕組みで。そういえば、去年発売された「とびだせ どうぶつの森」が350万本売れてまだ伸びてますけど、これもすれちがい通信の仕組みが秀逸でしたね。

 

ゲームのデザインとコミュニケーションのデザイン

もちろん全てのゲームに当てはまることではないんですが、ゲームのデザインが、コミュニケーションのデザインにシフトしているという状況が確実にあります。

ゲームを長く遊んできた人は、ゲームの中身を重視して、コミュニケーションがそれに付随するものだと考えるかもしれません。しかし最早、コミュニケーションのありようの方が重要で、そこにゲームがひっついてきているなんてことすら、起きているように感じます。

それはややもすると、コミュニケーションによる価値付けばかりが意識され、ゲームの中身がおざなりになっていく危険をはらんでいます。ソーシャルゲームにおいて、カードバトルタイプのゲームが大氾濫し、ゲームの中身よりも、ユーザーコミュニティの中で如何にカードの価値を釣り上げるかに夢中になっている姿が垣間見えたりすると、正直不安にもなります。

しかし、ちょっとした希望もあります。例の彼の姿です。彼がとても面白いのは、ゆるく人と繋がっていれば、ソーシャルゲームでも、アクションゲームでも、FPSでも同じように楽しんでいることです。

もし本当に、コミュニケーションのニーズが非常に大きいのであれば、逆にそこを満たせば色んなゲームが遊ばれる可能性があるということかもしれません。それは、多様なゲームを、より多くの人に遊んで貰うチャンスと捉えることができるかもしれません。こんな考え方は、あまりに楽観的すぎるのかもしれません。でも、彼を見ていると、それ程おかしいことではないように思えるのです。

 

ゲームの価値の中で、コミュニケーションの価値が増大しつつあります。しかも、単純に人との強い結びつきを求めているとは限らず、色んな形のコミュニケーションの提案が必要になってきています。ゲームをたくさんの人に遊んで貰うためには、コミュニケーションのデザインが不可欠であると、そのぐらい言ってもいいかもしれません。

 

ゲームデザインと、コミュニケーションのデザインが絶妙に絡み合った面白い遊び、そういうものがどんどん登場してくるといいなと、彼と話しながらぼんやり考えたのです。

毎週金曜夜19:00より、ワイプ代々木北口駅前店にて、みんなでゲームを持ち寄って遊べるゲームサロン的場所「代々木ゲームルーム」やってます。5月11日(土)13:00より「ゲームルーム1周年記念イベント」開催! 詳しくはこちら