2009年

11月

05日

車が売れない理由は、もう、たくさんあるから。

ちょっと前にトヨタ自動車の幹部がゲームが面白いから、車が売れないというような内容の発言をしたことで、ネット界隈が少し盛り上がっていました。

 

【関連サイト】

憂楽帳:デートカー - 毎日jp(毎日新聞)

 

まさか本気でそんなことは考えていないだろうとは思いつつも、やっぱりズレてるなあと感じてしまいます。それは、ゲーム云々という話ではなくて、いまだに車が物欲の対象として価値があるものだと考えているところに、ズレがあるなあと思うんです。また、車が若者に売れなくなったことの理由として、魅力のある車がないことや、若者の草食化を挙げて解説するこの記事自体にも、違和感を感じます。

 

車が売れなくなったという話は、そんなややこしいことではなくて、もっと当たり前で、普通の話だと思うんです。

 

 

車なんてそこら中を走ってるじゃないですか。

 

車を中心に考えると、車に魅力が無くなったから、買わなくなったという発想がでてきます。それから、購買者層、特に若者を中心に考えると、若者が草食化して車をデートの道具に使わなくなった、なんて発想もあるのかもしれません。

 

それはでも、車業界が車業界の中で考えてでてきた答えのように思えて、僕にはピンときません。それより、1歩外へでてみましょう。首都圏だったら、すぐそこら辺に車が走っている光景を目にすることができると思います。僕の事務所は代々木にありますが、目の前の窓から見える景色には、絶え間なく車が走っています。

 

田舎だったらどうでしょう。走ってないかもしれませんね。でも、必ず駐車場があって、そこには車がとまっているでしょう。だって、車が無いと移動できませんから。僕は山梨に1年ほど住んでいたことがありますが、人がいるところには基本的に車があります。

 

この状況は、昨日今日に始まった話じゃありません。僕は今32歳ですが、少なくとも僕が子供の頃にはもう車はブンブン走っていました。家にも車がありました。僕は子供の頃に埼玉県に住んでいて、いわゆるベッドタウンという奴でして、車を持っている家庭は珍しくなく、大きな道路沿いにファミリーレストランなんかがたくさんできて、車で家族がそこにきて食事をしていたんです。洋服や、生鮮食料品なんかも、駅前のスーパーだけではなく、大型路面店というのがどんどん建っていきまして、街そのものが車を前提とした構造で発展してました。

 

で、そうやって育った人達がですよ、車に憧れますか? 車をみてはしゃぎますか? 別に車に乗るのにイチイチはしゃいだりしません。便利な乗り物の1つであって、それ以上でもそれ以下でもないんです。

 

 

 

車は「欲しいもの」ではなくなった

 

今、日本の若者は、あまりお金を持っていません。将来お給料がどんどん増えていくような未来も描けていません。そして、車は高い買い物ですし、維持コストもかかります。だから、余裕がある人や生活にどうしても必要な人は買いますが、そうじゃない人は無理して買わないという、極めて当然の判断をしているん です。

 

そういう人達に対して、カッコイイ車を作って買って貰おう! とか、女の子を口説かなくなったから車がいらないんだ! なんて発想は、やっぱりちょっとズレています。もちろん、今でも、車が大好きで、新しくてカッコイイ魅力ある車が欲しいと思っている人もいるでしょう。で も、スタンダードではありません。

 

これは、車の価値に変化が起きているということなんです。物が少なかった頃、そしてそこから豊かになっていく過程では、車には「所有する価値」がかなり付加されていました。持っていることがカッコイイ、持っていることがステータス。そういう欲求に対して、より所有的価値を高めるものとして、魅力的な車という発想が通るんです。

 

でも、車が街に溢れて、随分と経ってみると、持っていることの価値はどんどん低くなっていったんです。これは、宿命的なもので逃れられません。車メーカーが頑張ったからこそ、車が普及して、当たり前のものになり、当たり前のものになったから、所有的価値は下がっていったんです。誇らしいことではありませんか。

 

魅力的な車が無いから買わないんじゃなくて、車にそれほど魅力を求めていないんです。そして、買わない人は、いらないから買わないんです。

 

 

車はいらないが、使いたい。

 

実は、車を買わない人でも、ちょっと視点を変えると車を使っています。間接的にですが。例えば、通販。インターネットの登場で、通販はぐっと使いやすいものになりました。かつては欲しい本が無ければ、本屋さんで注文して取り寄せたり、都心の大きな本屋さんで探したりしたものですが、今ではamazonで検索すれば大概の本は一発です。しかも届くのがすごく早い。当日お急ぎ便なるものを利用できると、発注したその日に届けてくれたりします。すごい!

 

で、これ注文してですね、家に届く時。宅急便屋さんは何に乗っているでしょうか。車ですね。車の所有的価値は下がっているので、無理に欲しいとは思いませんが、荷物を運ぶという機能は非常に便利なので、そこは利用したいわけです。なので、車で本屋さんに行くことはしないけれど、本屋さんに車で届けてもらってるわけです。効率的な配送システムによって、1人1人からもらうお金は少なくて済みます。amazonなら1,500円以上購入すれば基本無料です。

 

所有的価値は随分と落ちてしまったので、必ずしも欲しいものでは無くなってしまいましたが、車が持つ本来の機能の価値はそれ程落ちてはいません。依然として、移動手段として、運搬手段として、便利な乗り物です。だから、車の機能を、便利なところを、利用できるなら、使いたいと思う人はたくさんいるはずです。ただし、サービスが洗練されていて、低コストで気軽に利用できるものであることは条件として必要です。amazonはその1例ですね。

 

 

たくさん作るビジネスじゃなくて、たくさんの人に使ってもらうビジネス

 

エコカー減税などでハイブリッドカーなどに復調の兆しはあるものの、やはり昔のように右肩上がりで車が売れていくビジョンを持つのは難しいのではないでしょうか、少なくとも国内では。そう考えた場合に、ユーザーが求めるものが変化しているので、ビジネスの形を変化する必要があるはずです。

 

ユーザーが「欲しい」なら、作って売ってあげることがビジネスになりますが、ユーザーが「使いたい」なら、安く気軽に使える仕組みを作ることが、ビジネスになります。たくさん作ってたくさん売る時代は終わったんです。

 

車の持っている、物を運搬する機能はかなり便利に気軽に使えるサービスが充実しています。今後僕が個人的に希望したいのは、移動手段としての車の機能をもっと安く、気軽に、自由に使いたいですね。タクシーやバスもありますが、レンタカーやシェアカーのような類のサービスが、もっと洗練されて気軽にどこでも利用できるものになったら嬉しいと思います。

 

移動手段としての機能を使ったサービスは、車を売ることができていない層から、うまいことお金を取ることを可能にすると思いますよ。だって彼らは、車を持っていないんですからね。そういう人が、安くて商品も豊富な大型路面店に買い物に行きたい、駅から離れた場所にあるレストランに行きたい、なんて考えた時、さっと気軽に車が使えるなら、使いたい人は結構いるんじゃないでしょうか。

 

もう車はそこら中を走っていますから、うまい使い方があるといいなあと思います。